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眠れない夜は眠らない僕と

Lemonade #2 「Thriller school」

#2「Thriller school」
更生意欲ゼロのバディを持て余すある警官。そんな中、ニューアトランティス市内のハロウィンイベントに犯行予告が届き、更生プログラムチームは捜査にあたることに。

 

1.

【16.00pm 10/21 Hayfield primary school】

 「撃ってみてください。撃てるもんなら……っ!」

 なぎ倒された机、ばらばらに割れたチョーク、踏みつけにされたかぼちゃ、銃弾の跡が残る黒板。耳をつんざくようなサイレンが唸り始める。遠くから子供たちがすすり泣く声が響き、窓の外からは群衆たちのざわめきや警官が投降を呼びかける声が聞こえていた。

 銃声が響く。そうして次の瞬間、ガティの細い躰から血飛沫が噴出した。彼女は膝からどさりとくずおれて、リノリウムの床に鮮血が広がる。

 夕陽の照り付けるからっぽの教室の中で、銃弾を放った彼はまんじりともせず自分のバディを睨みつけている。

 「……こんなはずじゃなかった! 全部君のせいだ!」

 つやのある唇から少年のような声が漏れた。蜂蜜のような色の瞳から涙が零れ落ちる。バディも負けじと彼を睨みつけて大声をあげた。

 「確かにオレの判断ミスもあったかもしれねぇ。でも今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
 「ッ……!」

 彼は太腿の付け根に潜ませていたレッグホルスターから銃を抜いた。周囲から悲鳴が上がるのも構わず、まっすぐ相手を見据える。そして、悲哀と憎しみのこもった目で引き金に手を掛けた。

 

2.

【05.20am 10/21 NAPD】

 「そんでさあ、グレイがふてくされて言うんだよ、『僕は色んな有名店に行ったけど、そのシステムは知らない』ってさ。だから言ってやったわけ。いつかジャパンタウンに連れてって、本物のカリフォルニア・ロールをドタマにぶち込んでやるってさ! ってなわけで、今回の任務が終わったらバディを回転スシ屋に連れていく! ……ってカイル、聞いてる?」

 「聞いてるぜ。寿司屋だろ? バディと仲良くやれてて良いじゃねえか」
 「そりゃ〜、まずは仲良くなることが大事だからね!」

 早朝からテンションの高い同期・スタンリーの雑談に、カイル・ベネットは爽やかな笑顔で応えた。やけど跡の残る精悍な顔立ちがほころぶ。

 二人はNAPD更生プログラム・フェニックス班に所属する警官だ。バディが決定し、プログラムが本格的にスタートしてからもう十数日が経とうとしていた。

 初日のパトロールではロウ班のメンバーが児童誘拐犯を捕まえ、その上絶滅危惧種タンポポ密輸を阻止したらしい。カイルたちフェニックス班も繁華街の窃盗のような軽犯罪の摘発にあたっており、滑り出しは順調だろう――NAPD側の成果だけをみれば。

 「で、カイルはどうなの? バディ……レニーと仲良くやれてる?」

 そう聞かれ、カイルはわずかに口ごもる。

 「あぁ、上々だな。喧嘩はしてねぇよ」

 彼のバディは、レオナルド・E・アンブローズ――異性装を好み、受刑者側の中でも目立つ自由奔放な青年だ。
 先週のオフにカフェに連れて行くことになったが、生クリームが苦手なカイルはコーヒーだけを頼んで、メルヘンな内装やパンケーキの盛り付けにやたらとはしゃぐ相手を見つめていたのを覚えている。

 「そんだけ? もっと、何話した~とかないの?」
 友人に何と返せばいいか考えているうちにブリーフィングルームに辿り着いたので、話はそれで途切れた。

 

 早朝。ミーティング開始直前のブリーフィングルームでは、すでに多くのメンバーが集まって資料に頭を突き合わせている。カイルたちは所属するフェニックス班のもとに集まり、副チーフ達に挨拶した。

 きょうは、ヘイフィールド小学校で行われるハロウィンフェスタの警備の手伝いを2チーム合同で行うことになっている。

 なんでも突如、「ハロウィンに事件を起こす」という犯行予告が届いたそうだが、問題のフェスタは近隣への経済効果がばつぐん。その上現校長は仕来りや伝統に厳しい人物で、百年の歴史がある盛大な祭りを真偽不明の犯行予告で中止にしたくないそうだ。カイルたちも打合せのために一度会ったが、保守的な人物だったことを覚えている。

 昨日の資料を再確認してスタンリーがこぼす。
 「ヘイフィールド小学校!? いつもレモネードの屋台を出してくれてる学校か!」

 「もうすぐミーティング始まるんだから静かにしろって。あの校長の前でうるさくしてたら怒鳴られるぞ」
 「う、すみません静かにします……」
 彼の縮こまりようがおかしくて、カイルは微笑んだ。

 忠告どおりすぐに部屋の電気が落とされ、ブリーフィングルーム前方に置いてあった空中ディスプレイが明るく輝き始めた。ヘイフィールド小学校の校舎のホログラム映像が、暗がりの中でぼんやりと光っている。

 「では、出動前の最終確認を始めよう。ハック、頼んだぞ」
 「はい! え、えっと、今回の予告について調べたことをもう一度確認しますね……!」

 黒髪の青年がおずおずと手を上げる。メンバーの中でもっともコンピュータに造詣の深い警官、ヴァニタス・ハックだ。

 年若い彼は、上官に指名されて単独で発言というシチュエーションに緊張しているのかもじもじしながら、

 「犯行予告を行ったらしい人間を特定しました。現状物的証拠がないので逮捕はできませんが、現場に来るとしたらこの人だと思います」

 ヴァニタスのバディ・サイがノートパソコンを弄ると、ディスプレイには頬の痩けた白人男性の写真が映った。

 「ええと、被疑者は元工場労働者でしたが、生産ラインの急速な機械化と町工場の閉鎖により雇い止めになり、現在は無職……。ある過激派思想団体の活動に精を出しているみたいです……。なんでも、卑劣な手口を使って勢力を拡大させてきたとか……」

 「彼の所属する組織、人間愛護団体は、職や住まいを失った元労働者たちによって結成された、いわゆる過激派思想団体。新技術を導入した学校や会社に抗議の手紙を送っているそうです」

 「ありがとう、ハック、サイ。……では今回、我々は合同で任務にあたる。ロウ班、ハックとラドフォードペアは後方支援に専念し学校近辺で待機。その他メンバーは会場周辺5メートル圏のパトロール。フェニックス班は主に実働担当だ。ジルスタ・ベネットペアは校舎内に潜入。その他メンバーは校庭や体育館で不審者や不審物を捜索する。OK?」

 無言の頷き、元気な返事、噛み殺そうともしないあくび……皆はバラバラに反応を返す。

 カイル達フェニックス班は運動能力に長けているが、反対にロウ班は全体的に後方支援に長けた者が配置されているらしい。メンバーのヴァニタスは機械に、クリスは火薬や爆弾の扱いに詳しい。元受刑者側も化学知識に詳しい者、ラテン語を始めとした教養全般に通じる者、心理操作に詳しい者と様々だ。

 「ではベネット。ヘイフィールド小学校に行く前にはどんな装備をすべきかわかるかな?」
 名前を呼ばれ、カイルは身じろぎした。勢いよく敬礼を返し、

 「はい! 今回の任務では爆弾とか不審物の捜索がメインっすけど、立てこもり予告をしたHPG構成員と鉢合わせする可能性もあります。きちんと防弾チョッキを身につけて、拳銃を携帯します」

 だが、上官はカイルの言葉を否定した。
 「ああ、うん! 間違っちゃいないが俺が言いたいのはそっちじゃない」

 隣に佇むレニーはくすくすとかわいらしい笑みを漏らす。

 「おちゃめな扮装でしょ?」

 「正解。今回の作戦の要は、コミカルなコスプレだな」
 「え?」

 コスプレ、というあまりにも状況に不似合いな言葉に、カイルは呆然とつぶやきを漏らした。

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 上官は何もふざけているわけではなかった。アメリカの小学校はハロウィン期間になると生徒も先生も仮装に身を包んで登校する。それはここニューアトランティス・ヘイフィールド小学校も同じで、特にハロウィンフェスタとなれば全校生徒に気合が入る。そこでメンバーには、教師や用務員にまぎれるために簡単な仮装をしてほしいのだという。

 そして、警官も元受刑者も入り混じっての仮装の監修を行うのはほかならぬレニーだった。

 そんなわけで元受刑者寮の食堂は、仮装の用意をする面々でいつになく賑わっている。レニーは長い金髪とスカートをひらめかせ、食堂のあっちこっちを飛び回ってメイクのアドバイスをしたり洋服の丈を整えたりしていた。

 「あ、ちょっと動かないでー、アイラインがずれちゃう」
 「引っ張るんじゃねえ女装野郎! ったく……ガキどもの浮かれたイベントに伝統もクソもあるかっつーの!」
 「ふふ、子供サイズのコスチュームに身を包みながら言う台詞にしてはあまりに大人びていらっしゃいますね」

 簡素なカトリーナメイクを施されながら暴れ出すアンデッド。そんな二人の姿を、何に使うのかサイがいそいそと写真におさめている。彼女は着替えや扮装をやんわり拒否したものの、もともとがメイド服という目立つ服装だったので何の問題にもならなかった。

 いっぽう、学生役に指名されたウェンズデーとガティはスクールバッグの感触に慣れないようで、二人であれこれ背負い方を試している。アメコミの悪役に扮したギルバートはスタンリーとともにグレイにちょっかいをかけており、ベルはそれを遠目で見ながら一人で座っていた。ランディーはというと、口輪をモチーフにかわいい獣耳をつけられてプライドを損ねたのか、共用スペースのゴミ箱を蹴り倒して去って行ってしまったらしい。バディのアネモネによれば、しばらくすれば帰ってくるだろうとのことだった。窓の側では、セオドアとひまわりの被り物をつけさせられたジョーカーが日向ぼっこをしている。

 メンバーの準備をあらかた済ませ、レニーがカイルのもとに駆け寄ってきた。
 「はいはーい、次はカイルねっ! 背が高いからやっぱ狼男かな? マミーもいいかも……」

 レニーはブラシとパレットを手にして、カイルと向き合うように座った。ブラシの先に粉をつけて肌にそっと色を乗せていく。カイルがくすぐったさに笑みをこぼすと、レニーもあわせてくすくすと笑った。格子つきの窓からは朝日が差し込んでいて、向かい合うふたりを白く輝かせている。

 カイルの顔の右側には大きな火傷跡がある。幼い頃、熱湯を被りそうになった妹を庇ってできたものだ。結果的に右目の視力がやや落ちてしまったが、家族を助けられたんだから気にはならない。寧ろ名誉の負傷、男の勲章として誇らしく思ってすらいた。

 レニーもその意図を汲んだのだろう、跡を隠すのではなく、見栄えが良くなるようなメイクを施してくれているようだった。彼は鼻歌を漏らし、とりとめない話をしながらメイクを進めていく。
 「今日は特に機嫌がいいな」
 「もちろんだよ。とびっきりのオシャレができるもんね」

 警備のための下準備といえど、皆の変身を見守る無垢な笑顔からは殺人犯という凶悪な肩書はとても想像できなかった。

 早朝、スタンリーに向けて口ごもった理由はここにある。彼のバディであるレニーには更生意欲がまったくないらしい。

 前向きな態度こそ好感が持てるし話しやすいタイプだが、警官を「町のヒーローだね」と茶化したり、任務を「わくわくして楽しい」と言い切ったりと奔放さが目立つ。そもそもの志願理由が『解放されて外でおしゃれを楽しみたいから』。

 ――レニーはさ、なんで犯罪をしたんだ? オレの分からねぇことも沢山あるんだろうけどよ。
 ――んーなんていうか……自由になりたかったから、かな? それくらいだよ。

 準備期間の会話ですらこうだった。正義感の強いカイルにとってはなかなか理解しづらい思考だ。

 ……罪を犯した人間が、何の反省もせずに幸せになるのは良くない。たとえ辛い境遇に生まれて他に生きていく手段がなかったとしても、罪は罪なんだ。謝られても金を積まれても過去の被害が無くなるわけじゃない。彼らが手にかけてきた被害者たちは絶対に許したくないだろう。

 でも、『一度道を踏み外したら人生終わり』みたいな考えだけだと、今度はドロップアウトした人が追い込まれたり捨て鉢になったりしてさらに凶悪な罪を犯すかもしれない。人生をやり直すチャンスは平等じゃないけれど、それじゃ誰も得をしない。

 じゃあ罪を犯した人は、何をすれば、どこまで努力すれば、自分のしたことを贖えるんだ?

 カイルは考える。レニーは何をすれば、更生する気を持ってくれるんだろう。どこまで行ったら『完全に更生した』って言えるんだ。俺はどうやったらこいつの更生の力になれんだろう。

 ……オレが尊敬するアルベルトさん。あの人は、犯罪者を相手にしてもみんなと偏見なくまっすぐ接してる。俺ももちろん、もっとこいつのことを知って歩み寄って行きてえ。

 疑ってばかりじゃ前に進めねぇだろ?

 

3.

 仮装を済ませたメンバーは、住民に紛れるためにと徒歩移動を命じられ、女学生に扮したガティとウェンズデーはしばらく歩いてヘイフィールド小学校に辿り着いた。

 NAPD本部の側にある学校だからか設備は綺麗に整っており、周囲を歩く子供の身なりも綺麗だ。壁一面にハロウィンの飾り付けがなされ、くりぬいたかぼちゃがちょこんと並べられている。フェンスに巻き付けられた電飾がピカピカと光っていた。

 道中、ハロウィンの飾りを目にしてはあれは何だこれは何だと質問攻めにされたのでガティは骨が折れた。彼女のこういうところが、ガティの強気なペースを狂わせる。マイペースというか何と言うか。

 あたりでは小さな出店がいくつも並んでおり、子供たちや親子が列を作ってはしゃいでいる。子供たちや教師、来訪した地域の住民もみな思い思いの仮装に身を包んでいた。

 どこでオマケしてもらったのか、パンプキンパイをむしゃむしゃと頬張るバディを見ながら、ガティは内心困り顔だった。
 果たしてこんな調子でこれからの任務が上手くいくだろうか。腹が重くて仕方ない。

 

 

 ガティが校舎に潜入したとの連絡を受けたカイルは、周囲をぐるりと見渡した。
住民に紛れて、フェニックス班のメンバーが周囲を警戒している。おそらく外ではロウ班が警備を固めているはずだ。

 だというのに、レニーといえば暢気にはしゃぐばかりだ。レニーを女の子と勘違いした出店の店員にホットドッグを奢られ、ずいぶん上機嫌でいる。この賑やかな雰囲気が心地よいのだろう。

 「あっ見て! 向こうの出店でタピオカ出てるって」
 「予告時間も近いんだからもっと気をつけろって……って、うおっ」

 校内に一歩足を踏み入れて、カイルはぎょっと目を剥いた。廊下の天井には、数メートルおきにびっしりと監視カメラが並んでいる。あっけに取られるカイルとは反対にレニーは不服そうだ。

 「わあ、すごい監視。こんなんじゃ子供も息苦しそう」
 「この学校は新技術のテスト校らしい。子供を眠らせて、脳に特殊な電波を当てて直接知識を刷り込む催眠教育までやってるだとか。にしてもすごい数のカメラだな……」

 「うーん……そうやって子どもを縛って思い通りに育てようとするやり方、好きじゃないな」
 小ぶりな唇が出店のホットドッグをついばむ。

 「どう工夫しても犯罪はなくならないよ、だって愛し合ってる間でも人殺しは起きるんだから――」

 レニーが言いかけた言葉を遮ったのは、サイレンの音だった。ノイズ音ののち、校内放送用の機器から張りのある声が響く。

 『――お楽しみ中失礼。人間愛護団体の者だ。この学校の校舎は我々がジャックした』

 カイルとレニーは目をぱちくりさせた。何だ、この放送は? 予告時間よりもだいぶ早い、だが問題はそこではない。――校内放送の主は『聞き覚えのある声だ』。

 「……え?これ、ヘイフィールド小学校の校長先生の声じゃない!?」
 「ああ。打合せの時に聞いたから間違いねぇ!」

 教室で遊ぶ子どもたちや一般の来場者は異変に気付いていないようで、これも一種のイベントかとはしゃいでいる。
 二人の動揺をよそに、校長は話を切り出した。

 『私は長年、伝統と規律に従って子供たちを教育してきた。だが近頃の若い者は新技術の導入だとかで、廊下にはびっしりと監視カメラ、変なヘルメットを被せて洗脳教育。だから私は人間愛護団体と協力して、今回のイベントで科学かぶれの人でなし共を殺戮し、世間の目を覚ましてやることに決めたのだ』

 ピッ、と小さな電子音がして、カイル達の背後の扉が閉まった。レニーたちは呆気に取られていたものの、外の散発的な銃声と悲鳴を聞いて一気に真剣な顔つきになった。

 『そして……更生プログラムのメンバーだったかな。無駄な変装をさせてすまないね。今同胞が君たちを迎えに行くから待ってなさい』
 「迎え……?」
 「なになにどういうこと?」

 廊下の奥から近づいてくる足音にカイルとレニーは振り向く。武装した男たちを視界に入れた次の瞬間、テーザー銃の熱を感じてカイルはくずおれた。

 

【15.45pm 10/21 Hayfield primary school】

 カイルはサイレンの音で目を覚ます。ぼんやりと目を開けると、荒れ果てた教室の中に転がされていることがわかった。眼前にはレニー、ガティとウェンズデーが同じようねそべっている。

 「お、おい! 大丈夫か」
 「私語は慎め。君たちは対NAPDの人質だ」

 カイルは床に伏せながら、犯人たちを慎重に観察した。プロであればドアや窓などを避けて立つものだが、今回の犯人一味は見る限り素人だ。武器を所持しているという余裕もあるのだろう。

 校長のそばに立っていた犯人が笑って切り出す。

 「お前は元犯罪者の……レニーだったか? ほら、仲間を撃て!殺せ。そうすれば子供の一人くらいは助けてやるよ」
 犯人はレニーの身柄を解放し、挑発した。ガティはふうと息をついた。

 「……レニーサン。ワタシは平気です……」

 「だめだ! 止めろ、仲間を撃つな!レニー」
 「いいからやれ!」
 犯人が恫喝する。レニーは銃を手にした。ウェンズデーの控えめでぎこちない制止を無視して、ガティが叫ぶ。
 「撃ってみてください。撃てるもんなら……っ!」

 なぎ倒された机、ばらばらに割れたチョーク、踏みつけにされたかぼちゃ、銃弾の跡が残る黒板。耳をつんざくようなサイレンが唸り始める。

 銃声が響く。そうして次の瞬間、ガティの細い躰から血飛沫が噴出した。彼女は膝からどさりとくずおれて、リノリウムの床に鮮血が広がる。

 「……こんなはずじゃなかった! 全部君のせいだ!」
 「確かにオレの判断ミスもあったかもしれねぇ。でも今はそんなこと言ってる場合じゃねえだろ!」
 「ッ……!」

 レニーは太腿の付け根に潜ませていたレッグホルスターから銃を抜いた。まっすぐカイルを見据える。そして、悲哀と憎しみのこもった目で引き金に手を掛けた。

 銃声が鳴って、血飛沫が散逸し、それから静寂が訪れた。

 レニーは動かなくなったカイルを一瞥して、震える声で切り出した。

 「……これで満足?」
 「ああ。元殺人犯だろ?サツの犬に成り下がったかと思ったが、お前さんもやればできるじゃねえか。さ、校長室に行くぞ。俺たちはあそこをアジトにして立てこもるつもりだ」

 犯人はそう吐き捨て、レニーとウェンズデーたちを連れて去って行った。先ほどの騒音が嘘のように、教室は静まり返る。

 『……えっと、お疲れ様……! もう起き上がっていいよ』

 「おう、サンキュ」
 「ありがとうございます」

 ヴァニタスの声を聞いて、カイルとガティはぱちりと目を開けた。足音が完全に遠ざかったことを確認しながら身を起こし、服にベタベタとこびり付いた赤をはらう。

 さっきのレニーの銃撃は、外で待機しているヴァニタスが内部の監視カメラを確認しながら指示を出し、そのタイミングに合わせて、爆弾や火薬に通づるクリスが二人の衣服に装備していた火薬と血糊袋を遠隔操作で爆発させただけだ。

 そもそも最初からカイルとレニーは仲間割れなどしていない。犯人の目を欺くための、ただの芝居だ。もっとも、ウェンズデーの演技はぎこちなかったが。

 ヴァニタスが調べたところ、思想犯は前々から、『ギャング集団を仲間割れさせてその片方だけをグループに取り込み、罪悪感で抜けさせられないようにして勢力を拡大する卑劣な手口』で有名だったらしい。彼の情報があったからこそ、今回のような対策ができたといえるだろう。

 「何がお茶目な扮装、コミカルなコスプレ!?ぐちゃぐちゃ……」
 「こんな作戦に引っかかってくれたんだからよかったじゃねえか。じゃあガティ、避難誘導頼んだ」

 カイルは扉の前で立ち止まって、振り向いた。

 「オレのバディを迎えに行ってくる」

 

  カイルは身なりを整え、それから割れたガラスや教科書が散乱する廊下を抜け、校長室へ向かう。

 緊張の一瞬――、破壊。全身の筋肉に意識を集中させ、踵からつま先に緩やかに自重を乗せて滑るかのように無駄の無い蹴りを入れる。カイルは薄汚れた扉を蹴破り、室内に押し入った。

 「動くな!」
 物音に振り向いた犯人は、カイルの姿を見るなり呆然として絶句した。

 「な……!?お前、その出血でなんで生きて……」
 「はろーはろー!」
 呆然とする犯人の背中越しに、レニーは満面の笑みを浮かべて軽く手を振った。

 そして相手が完全に混乱して目を白黒させているその隙をついて、レニーは後ろからエルロッド20の銃身を右手に持ち、グリップ下部を犯人の頭部に叩きつけた。

 カイルは銃を取り出そうと懐に手をやった男の足元を撃ち抜き、くずおれた体を締め上げる。手錠を嵌めてその図体を動けないように転がしてから、カイルとレニーは大きく一息をついた。そして、どちらからともなく、気の抜けたような笑いが漏れた。

 「お疲れ。大変だったろ」
 「ううん? こういうのワクワクするし……人殺しの演技なんて得意にきまってるしねっ」
 「……そうか」

 相変わらずの姿勢。それでもカイルはおもむろに動きを止めて、レニーを見やった。

 オレとレニーは違う。レニーの人生には、オレには分からねぇことが沢山あると思う。でも、一生かけても分かり合えないくらい違う人間でもいい。オレは信じてる。レニーはもう二度と人殺しなんかしない、こうしてオレと一緒に戦ってくれるバディだと。

 「あのさ。オレ、これから納得できることもできない事もなんでも、たくさん感情をぶつけ合って、ほんもののバディになりてえと思ってるのは本心だ。……まあ、よろしくな、レニー」

 レニーは悪戯っぽく舌を出して応えた。

 「受けて立つよ。最後まで僕から目を離さないでよねっ!」

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 夕日に照らされるバディの姿を見つめながら、カイルは決意をあらたにした。

 ――Up to you。なんだってできるさ。

 

4.

【02.23am 10/25 NAPD】

 午前二時を回り、元受刑者寮の共用スペースには人気がない。大きな窓から射しこむ月光の薄明りが、真っ暗な食堂を照らしていた。時計の秒針だけが響く静寂(しじま)の中、年若い青年が座り込んで虚空を見つめている。

 喫煙は一種の自殺だ。紫煙で緩やかに肺を焦がして悦に入る。ただそれだけの作業。そうして煙草に火をつけようとして、黒髪の男――ギルバートは、自分の安ライターのオイルが切れていることに気づいた。

 酒やマリファナ、カフェイン剤に夜更かし、ジャンクフード。元受刑者寮内での生活では、健康を苛むものは少なくとも「目の届くところからは」一切取り去られている。ただ監視も制限も刑務所時代よりはいくらか緩い。それが彼には心地よかった。

 「――どうぞ。眠れぬ夜にはホットミルクをお勧め致します」

 キッチンから現れたサイが、湯気を立てる小さなマグをギルによこした。

 「さんきゅ、サイちゃん。いつもごめんね」
 「問題ございません。皆様のお役に立つことが私の喜びですから」

 サイが微笑む。それにあわせて笑い返そうとしたギルバートは、無理にゆがめた自分の口端が僅かに震えていることに気づいた。
 普段のへらへらした言動には似合わぬ、引き攣った表情だった。

 「……初日、言われたよね。更生プログラムメンバーは、『ニューアトランティス市内で起こるさまざまな犯罪を担当する捨て身の始末屋』だってさ……」

 ギルバートは、スプーンでミルクを掻き混ぜる。水面に映る彼の姿がゆらめいて、白い靄の中に溶けて消えていった。

 「おれ、早くそうなりたいなあ」

 

#2 「Thriller school」
End.

 

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