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眠れない夜は眠らない僕と

青空文庫読書メモ #1

2022年に読んだもの。ランキングじゃないです

文学や論評について体系立てて学んだことがなく、本を読んでも作品そのものの魅力を雑にしか読み取れていないのでは?と思うことが偶にあるので、そゆ時は文学部がうらやましいですね。

1.道理の前で(フランツ・カフカ)

フランツ・カフカ Franz Kafka 大久保ゆう訳 道理の前で VOR DEM GESETZ

カフカ大好き〜‼️😀 「変身」「父への手紙」あたりは中学生の時によみました。

『掟の門』等というタイトルでも知られる本作。何らかのワナビが自縄自縛デモデモダッテしてろくに挑戦しないうちに年齢制限が来て夢がかなわなくなった……みたいな自意識の構図だと解釈して読むと背筋が伸びます。解説で説明されている『六、人間における理想(あるいは自由)と抑圧』の解釈。

2.「追憶」による追憶(岸田国士)

https://www.aozora.gr.jp/cards/001154/card44388.html
戦前の戯曲作家、岸田国士作。作者の少年時代の回想断片。

勇壮な歌調、しかもおのづから纏綿たる情緒を漂はせたものであることはいふまでもない。一介の武弁、あれでも三十にして多感の詩人であつたかと思ふと、僕の幼時は、案外文学的に恵まれてゐたかもしれぬ。

ここ文のリズムが気持ちいいねぇ!

3.やきもの読本(小野賢一郎)

https://www.aozora.gr.jp/cards/000243/card1328.html
小野賢一郎作。戦前〜戦中期の俳人
焼物好きの作者が焼物について語る。旧かな使いで難解な文体の上、焼き物に興味が無い身には全体的に薄味だったが、

窯中の世界は又一種特別の天地で、理屈ばかりではゆかず、科學の一本鎗で解決しないところが面白いのである。こゝに一種の神祕がある。

ここでぐっと惹き込まれた。TLで狂っているオタクを観察するのと同じで、その人が対象にどんなワクワクをみいだしているのかを語られると興味が湧く。

斯ういへば現在の作家には怒られるかもしれないが、作家をよく知るといふことは、いゝ場合と惡い場合がある、これは燒物に限らず書畫でもさうである。會はない前は床の間に懸けて愛賞してゐた書畫が作家を知つて後急に厭になつてくる――といふ話はよく聞くことである。

ほんまそれな。私も好きなアーティストの内面(主に深淵)を覗きたくないので、人格は深追いせずに作品だけ見つめています。

この後「芸術に人生を捧げるような人は大なり小なり偏屈」って言っててニヤッとしてしまった。人間誰しも何かしらにフェティシズムがあるとは思うけど、美術の道を選ぶような人は殊更執着心と感性が研ぎ澄まされているんだろう。そしてこの人はその対象がやきものだった。

自分のもつてゐる金なり品物を手放して、其の物を手に入れてみるといふことが必要だ。必要だといふより燒物がわかるのに近道である。所謂痛い思ひをして身錢を切つて買つてみると、それが良かつたにしろ惡い物であつたにしろ、燒物がわかるといふ上には非常の影響がある。藝術といふものは、そんなものではないと笑ふ人があるかしれないが、他人の者を見て歩くだけの人と、自分の物にしやうといふ――慾心と考へちやいけない、自分の物にしやうといふ愛着心は、どれほど器物を理解する上に知見を早めるかしれない。

ここ良いですね。割れ厨を切って捨てている

古さといふことは傳統といふことである。名物とか大名物とかいふものは品物の良さと共に其の古さが尊ばれてゐる。古さの歴史がはつきりしてゐる一つの器物につながつてゆく因縁、話、書付、さういふものが大切に傳へられてゐる。

それは又それで、今日發掘される破片の荒れた肌よりも、何百年と人に愛玩されて、人間とあたゝかい交渉をもつた肌の方が潤ひがあり美くしさがあるであらう。

時代の文字は幾ら眞似をしてもうまくゆくものでない、人の神經に時代といふ血が流れてゐるのだから眞似は結局眞似で、字のどこかにウソがある、ウソといふのはウソ字ではない、調子のとれぬところ、ためらつたところ、筆や箆や釘の先で書いた字でも、どこか空虚なウソがある。

小野賢一郎は、戦時下に特高と結んで反戦俳句を弾圧した新興俳句弾圧事件の黒幕とされる(えぇ……)。文章からかれの古き良きものを重んじる価値観などを伺うことが出来たが、それにしても特高の権威を利用して俳壇にのし上がろうとするのはいかんでしょ。作家をよく知るということは、いい場合と悪い場合がある…ってこういうことですか?

4.西瓜(永井荷風)

https://www.aozora.gr.jp/cards/001341/card49647.html
永井荷風作。実際西瓜について話しているのは最初のくだりだけで、あとは永井自身の生き方について語られている私小説。読了後、作者のWikipediaを読んだらエリートもエリートなお育ちと性的な奔放さに戦いた。

わたくしは人の趣味と嗜性との如何を問わず濫みだりに物を饋ることを心なきわざだと考えている。

わたくしはそのいずれを思返しても決して慚愧と悔恨とを感ずるようなことはない。さびしいのも好かったし、賑やかなのもまたわるくはなかった。涙の夜も忘れがたく、笑の日もまた忘れがたいのである。

永井荷風初めて読んだ。口をつけた瞬間に甘く綻びていく綿あめや、まるまると磨かれたガラス細工のような可愛らしい文体。綺麗で気持ちの良い情景描写を書かれるなあ。文化勲章をもらった際に「温雅な詩情と高邁な文明批評と透徹した現実観照」と称されていたのもうなずける。
「例え違う時代の違う国に生まれても今みたいな人生を送っていただろうな」って書いてる。自分の多病なのを憂い、自分さえいなければ父母は幸せだったろうと憂い、姻戚付き合いを拒否、避妊を徹底して子を望まぬことを幸福とする思想は、現代の反出生主義に通づるものがあるかもしれない。

社交を厭うものは妻帯をしないに越したことはない。

訳「コミュ障は結婚するな」

書を購って読まざるもまた徒事である。読んで後記憶せざればこれもまた徒事にひとしい。

積読が多い身としては耳が痛い。すいません。

5.白痴(坂口安吾)

みんな大好き坂口安吾の有名作品。所謂無頼派・新戯作派。

芸術に身をやつしたい青年が、目の前にある現実という戦争に灼かれていくもどかしさ、白痴の女との関係が丁寧に描かれている。シチュエーションが良いのは言わずもがなだけど、全編に渡って文章が鋭く鮮烈でドラマチックで気持ちが良い。言語野を食べさせて欲しい。いわゆる純文学の、微細な心の機微を物々しい表現で描写するのを読んでると、「こんなに格好つけた表現で描いちゃっていいの?」と照れてしまう。私は地の文が下手くそだから、もっと気持ち良い文章を書けるようになりたい。

どこへ逃げ、どの穴へ追いつめられ、どこで穴もろとも吹きとばされてしまうのだか、夢のような、けれどもそれはもし生き残ることができたら、その新鮮な再生のために、そして全然予測のつかない新世界、石屑だらけの野原の上の生活のために、伊沢はむしろ好奇心がうずくのだった。

まだ二十七の青春のあらゆる情熱が漂白されて、現実にすでに暗黒の曠野の上を茫々と歩くだけではないか。

どこに住む家があるのだか、眠る穴ぼこがあるのだか、それすらも分りはしなかった。米軍が上陸し、天地にあらゆる破壊が起り、その戦争の破壊の巨大な愛情が、すべてを裁いてくれるだろう。

↑かっこよスギィ

「その/戦争の・破壊の・巨大な・愛情が、すべてを/裁いて・くれるだろう」という気持ちの良いリズムはもとより、戦争破壊巨大というネガティブで硬めのワードに続けていきなり『愛情』を持ち出して『裁いてくれるだろう』で〆るスタイリッシュさ。私もこういう言葉を使いたい。

6.光を覆うものなし(坂口安吾)

図書カード:光を覆うものなし

戦後、ヒロポン睡眠薬中毒になった坂口は、当時流行の競輪に熱中し、八百長事件を告発するため証拠写真を提出する。しかし自転車連合会の事情聴取後「加工写真では」と言われ、新聞にも思い違いと書かれてしまう。その反駁として『新潮』に発表した文章。

しかし競輪を愛する者にとって、このインチキぐらい腹の立つものはない。競輪を愛すれば愛するほど、そのインチキに腹が立つ。

不正と煮えきらぬ態度に延々とブチ切れている。地検に証拠写真を提出したと書かれてはいるが、この作品の発表後検察庁が調査に入ることはなかった。空振りに終わった坂口は一時期被害妄想に苦しむ羽目になったという。なんとも後味の悪い事件である。

7.愛(岡本かの子)

図書カード:愛

私のお気に入り作家、岡本かの子与謝野晶子の流れを汲んだ耽美な作風で、所謂浪漫派作家。

1938年初出の掌編。タイトル通り、ささやかな懸想をつづるポエミーな一編。

私は苦しみに堪え兼ねて必死と両手を組み合せ、わけの判らない哀願の言葉を口の中で呟きます。けれどもその人は相変らず身体をしゃんと立て、細い眼の間から穏かな瞳を私の胸に投げたまま殆ど音の聞えぬ楽器を奏でています。私の魂は最後に、その人の胸元に向って牙を立てます。噛み破ります。

いま男の誰でもが私に触ったら、じりりと焼け失せて灰になりましょう。そのことを誰でも男たちに知らせたいです。だのにその人は、もとの儘、しずかに楽器を奏でています。

エロかわいい〜!!読んでみれば分かるのですが、最後の文のいじらしさ。何ともつかぬ市井の人をこの世の何より大切に思うことに恋愛のすべてがある。

ほか、「女性崇拝」「異性に対する感覚を洗練せよ」を読むなど。

8.明暗(岡本かの子)

図書カード:明暗
鮮烈な文体が導入から気持ちええんじゃ。気性のはげしい女がああだのこうだの試行錯誤しながら人生の道をたどっている作品が好きすぎる。最後、盲目の夫に視覚の世界を教え込むのをやめて、聴覚と触覚の世界に放流したところに人間同士のコミュニケーションの本質があるような気がした。

9.動かぬ女(岡本かの子)

図書カード:動かぬ女

初冬の午後であった。柔かく和(な)いで温かそうな潮が、遠濃やかに湛えた相模灘が、小田原の海岸を走る私達の眼の前に展けた。

文体が美しい。

10.男心とはこういうもの(岡本かの子)

(要約)結婚当初は「男性は事業欲が強く利己主義」と考えていた→それを持ってでもあまりある程に偉いし、尊敬している。ただこれは女性が偉くないという訳では無いし、男性に盲従するという尊敬の仕方ではない。男性は大きくて力があり生命エネルギーが(女性とは違った意味で)豊富。そういう意味ではさっぱりしてるし陰険でない。

うーん本当にそうか? 前段の、『男女には違う良さがあり尊敬する』というのはとても良いと思うけど後段は人によると思う。生命エネルギーに乏しい男性もいればさっぱりした女性もいるのでは。まあ時代が違うし、男女のあり方も変わってきているからこそ、そう思うのだろうな。