Lemonade #7「Stayin' Alive」

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 バディと全く噛み合わないある元受刑者。ふたりは近頃流行の麻薬を追って、ナイトクラブへの潜入任務に臨むことに。3章開幕。

 神よ、聞き給え。人間の罪は禍いなるかな。人間がこういうと、貴方は憐れんでくださる。人間をお造りになったのは貴方ですが、その内にひそむ罪をつくったのは、貴方ではないからです。だれが私に幼年時代の罪を思い出させてくれるでしょうか。まことに、御前において、罪の穢れにそまっていない者は一人もありません。地上に一日しか生きない赤子でさえも、例外ではありません。――アウグスティヌス『告白』
 

 
「アンデッド、今日から俺たちバディだな! よろしく頼むよ。いやってほど毎日一緒にいるんだ! お互いもっと知り合っていこうな」
 精悍な顔立ちの青年が輝かしいばかりの笑みを作る。一方呼び止められた男は、おもむろに振り返って渋面を作った。
「……いやってほど一緒にいたら嫌がられるって発想お前にはねえのか?  『担当する犯罪者』ってだけだろうが、変に仲間ヅラすんな」
 小さな身体に不似合いなNAPDのジャケット、お人形さんのような金髪に青の瞳。それに似合わず剣吞な雰囲気を纏う彼――アンデッドは、アルベルトを追い払おうとするかのように、しっしっと手を動かす。
「確かにきみは『担当する犯罪者』だけれど、俺にとっては一緒にプログラムを勧めていく『仲間』だし、俺の『相棒』となるんだ! だからきみのことを知っておきたいしわかり合っておきたい。ただ、それだけだ」
 アルベルトは朗々と続ける。
「それに俺は副チーフだからな! 困ったことがあったらなんでも言ってくれ」
 付け加えられた言葉に、対するアンデッドは皮肉な笑いを顔に張り付けるだけだった。
「直近で困ってる事といえば担当のサツがアホだって事だが?」
「えー問題は俺か? ははっアンデッドは相変わらず俺に厳しいなぁ……うむむ……どうしたらきみに認めてもらえるかな……アンデッドは俺になにを望んでいるんだ? 言ってみなよ、アンデッドは俺に何を言わせたいの?」
 うんうんと困り声をあげている。その問いにアンデッドはしばし黙り込んだ。そして、
「はっ、『捨て身の始末屋』にステイとゴー以上の指示が必要か? それ以上の望みとやらに答えないことすら、俺を縛る理由にするのか?  そうだとしたら脅されたと判断するが」
「でも俺がステイと言ったところできみは聞きやしないだろう? 違うかい?」
「はっ、それが必要な状況だと俺が判断すれば大人しくお座りしてやるよ。今はその必要がない、それだけだろうが」
 ぷいっ! アンデッドはちいさな唇を尖らせてそっぽを向く。アルベルトはがっくり肩を落とすのだった。
 アンデッド。元受刑囚。見た目こそはかわいらしい少年であるものの、実年齢は三十七歳。罪状をあげれば、殺人暴行詐欺窃盗、殺人幇助、脅迫、器物破損に武器売買、薬物売買、強盗……と枚挙に暇がない。傍若無人で口が悪く、担当たるアルベルトはほとほと手を焼いているようだった。
「……俺の望みは、普通に会話のやりとりができてお互いに協力して事件を解決をすることだよ。アンデッド。俺さ、きみのことなんも知らないんだよな。話そうとしても長続きしないし俺から逃げてしまう、そんな状態かつきみの反抗的な態度で“自由”(マル)をあげるわけにはいかないんだよ」
 自由という響きに、アンデッドは片眉をあげた。しばしの沈黙のうち、彼は切り出す。
「……警官様は仲良しごっこまで仕事内容に入ってんのか?  繰り返すが、俺だって最低限の指示には従う。プログラムに必要な以上に関わってくんな、個人的な情がある訳でもないくせに」
 吐き捨てるバディを、アルベルトはしょぼんとした表情のまま見送ったのだった。
 ……そうやって話を交わしたのが、確か十月のはじめ。今やNAは極寒の冬を迎えているが、二人の仲は相変わらずだった。
「けっ。何が『特別に仕事を与えるんだから真面目に取り組んでよね、まあ元受刑者にできることなんかたかが知れてるけど』だ。あの貧弱クソ野郎が! ただの単発任務だろうが」
「とにかく急ごう。もう遅刻確定なんだから!」
 アルベルトが、アンデッドを小脇に抱えて廊下を走っている。二人はきょう、単発任務として呼び出されて任務に参加することになっていた。
 広い廊下を抜けて、執務室のドア開閉センサーが反応しかけたその時。扉の向こうからなにか剣呑な声が漏れ聞こえている。二人は立ち止まり、ちょっと顔を見合わせる。
「……どうしていつも言うことを聞いてくれないんです。元受刑者にこんなことさせていいはずないのに」
 上擦ったそれは、ロウ班のリーダーであるシュヒの声だった。いつもの偏屈で嫌味な調子ではなく、穏やかながらどこか寂しげな色を孕んでいる。奥では何やら不穏な雰囲気のやり取りをしているのだろうか、こりゃいいネタだ、とアンデッドは内心ほくそ笑んだ。
「………が…………なのは、わかっています。けれど、いかなる人間も生きながら神格化されるには値しない。そうでしょう? 一度法を侵したクズならなおさら。人を傷つけたような奴が、メシアだのヒーローだのなれるはずなんかない……なってはいけないんだ……」
「ことある事にそれだな」
「だから放っておけばいいのに!」
「受け入れろ。この話は終わりだ」
 扉の向こう。低く鋭い声のあとで、椅子の足が床を擦る音がした。そして向こうの方からドアが開く。顔を出したのは、ほかでもないリトート・フェニックスだった。かれは眉を立てた笑みで快活に呼びかける。
「はっはー! 二人とも十分の遅刻だぞ? さーあ、突っ立ってないで入れ入れ!」
 リトートは手招きだけしてすっと部屋に引っ込んだ。アンデッド達はまた顔を見合わせて部屋に入る。
 招き入れられた執務室。リトートはその机の天板に寄り掛かって立っている。シュヒといえば、上司の後ろに隠れるようにしながら二人を落ち着きなく睨んでいた。
「さて! 今回君たちに回ってきたのは、ある麻薬の出処を追う仕事だ」
 リトートがぱちんと指を鳴らすと、執務室の壁にホログラム映像が投影される。雫を模した形の錠剤だった。
「通称ティアドロップ。このドラッグの成分は既存製品の模倣にすぎず濃度も大したことないが、廉価であるためNAのナイトクラブで爆発的に広まっている。依存性も問題っちゃ問題だが、何より危険なのは猛毒が混入された錠剤が意図的に混ぜられてるってことだ」
「猛毒?」
「そうだ。これを見ろ」
 リトートに促され、アルベルトとアンデッドは、身を寄せてタブレットを覗き込んだ。
 情報によると、混入しているのはポロニウム210。共産圏では暗殺に用いられているそれは、史上最悪の放射性同位体とも呼ばれている。ひとたび摂取すれば胃の内壁から細胞が崩壊、口・のど・腸の粘膜が破壊される。粘膜から血中に溶け、体のあらゆる箇所を溶かしつくし、最後には死に至るという。
「胴元が行っているのは、ただの麻薬生産じゃない。安くて美味しいドラッグを餌に、一定確率で放射性物質由来の猛毒を飲ませて殺すという最悪の『死神くじ』だ。やつらがなぜこんなことをしているのかは分からないが、既に多くの若者が亡くなっていて、病院からも苦情が来てる」
「ひどいな……」
 アルベルトは沈痛な表情で呟きを漏らす。リトートはびしっと右手の人差し指を突き出した。
「そこでっ! 今回、君たちはNAのナイトクラブに潜入し、胴元に繋がる情報を入手してほしい!」
「でも、アンデッドの見目でクラブに馴染めるだろうか?」
「それ言ったらてめぇだってボヤボヤしてて使い物になるか怪しいと思うが?」
 アンデッドは歯を剝いて憎まれ口を返す。上官は鷹揚に、
「実は、今回の任務はロウ班のメンバーにしか頼めないんだ。売人が出入りしている老舗ナイトクラブは、裕福なアングロサクソン系白人の社交場。セントラルパークの一件を終えた今、こっちでまともに動けるのはジルスタとファインのペアだけだが……ジルスタはアジア系、パーカーとウェンズデーはアフリカン。俺たちのような非白人では、立っているだけで警戒されてしまう」
 色つきの命の心配か。
「公僕はお行儀が良くていらっしゃる」
 言いながらも、アンデッドの頭脳は静かな洞察を続けていた。デカブツは同じ理由で使えねえ、テレビ・スターでは目立ちすぎる。警官歴が浅く気弱なヴァニタスと華奢なサイでは、夜の街の魑魅魍魎を相手取るのに不安が残るだろう。神経質と度を越えた天然のコンビとこの案件の相性については論外だ。
「言うまでもなく危険な仕事だ。だが君たちにしかできない。任務を完遂した暁にはさらに評価が上がり、君たちはまた一歩自由に近づくだろう。まあ無理にとは言わないが――どうする?」
 字面とは裏腹に誘うような口調だ。ハナから断らせるつもりはないのだろう。リトートの問いに、アンデッドはニヤリと笑った。『死神くじ』か、調子に乗った名前を付けられてるじゃねぇか。NA裏社会では顔が広い方だ、立ち回りのルールならよーく頭に叩き込まれてる。相手にとって不足はねぇだろ。
「乗った」
「本当にやるのか?」
 アルベルトの問いに、アンデッドは笑みを深くして吐き捨てた。
「俺は”不死者”だぞ。そう簡単に死ぬかよ」
 
 アンデッドとアルベルトのダウンタウン入りはその次の晩だった。
 富と繁栄を求める人々の聖地、眠らない街ニューアトランティス。その中でもこの地区は、流行に敏感な若者が夜な夜な集うヒップな繁華街だ。薄明かりに店名をてらしだすランプ、バーの窓から漏れる間接照明の叙情的な光。街娼か客引きだろうか、派手な衣装に身を包んだ少女が、尻を振っては愛想を振りまいて猥雑な雰囲気を醸し出している。道の隅では古びた街灯が肩身狭そうに佇んでおり、ちかちかと申し訳程度の光を明滅させていた。下品な色とりどりの光は、ジャングルに実る果実のようにも見えた。
「いいか? 俺は売り出し中の武器商人、お前はそのSP。設定しっかり頭に叩きこんどけよ」
 煌びやかなネオンに紛れて、義足がこつこつと地面を叩く。いつものジャケットを脱ぎ捨てて、それなりの服に身を包んだアンデッドは、上流階級のボンボンと言われても素直に納得できるいでたちだった。夕食代わりのフレンチクルーラーをかじりながら大股で歩く少し後ろを、しゃれたスーツに身を包んだアルベルトが追う。彼は同じくドーナツにムシャムシャかぶりつきながら、
「もちろんだ! 警戒されたらアウトだからな!」
「俺の経験じゃ、ああいう売人どもはキッチンのドブネズミみてえなもんだ。用心深くて逃げ足が速い。警戒されたら終いってわけだ」
「なるほど! じゃあ店内で堂々とティアドロップの話をするのはやめたほうがいいな!」
「ああ。遊び慣れて金回りの良いバカを演じて、向こうから接触してくるのを待つ」
「そして、売人に接触した時は組織内での立場を見極めなければいけないな!」
「そうだな。客に売りつけてるのは末端の末端にすぎねえ。パイプを持ってるやつを掴みてえもんだ」
「そしていざというときは、アンデッドを抱っこして逃げる!」
「馬鹿野郎それはナシだ! ガキ扱いやめろ!」
 アンデッドは振り向いて怒声をあげた。
 大通りを抜けて裏路地を歩き、ひときわ大きな看板を構える店の前で立ち止まった。見上げれば、据え付けられたライトが店名を煌々と照らし出している。間違いない、資料にあったクラブだ。ドアを押し開けて入場料をはらい、二人はダンスフロアに降り立った。
「ここが……ナイトクラブか……」
 薄暗いホールの中では重低音がずんずんと響きわたっている。場馴れしていないアルベルトは入り口で立ちつくし、フロアをぼんやりと見渡す。中は10代から20代くらいの男女でにぎわっていた。ムスクかなにかだろうか、妖艶な匂いがむっと充満している。老舗らしく年季の入ったレトロなミラーボールとネオンライトがひっきりなしにフロアを彩っていた。
「お兄さん、ここ初めて? アタシと飲み比べしよーよ」
「ええっ? えーっと、俺は酒は……」
 突っ立っていたところ客に声をかけられ、困惑するアルベルト。スーツの襟を整えながらどうしたものかと下を向くと、相棒の姿は忽然と消え失せていた。アルベルトは飛び上がって、
「アンデッド! どこに行ったんだ、一緒に行動しないと危な――」
「んだとこのクソ野郎! “世辞の句”を読め!」
「――いだろ……」
 背後から聞き覚えのある怒声が響き、アルベルトはおずおずと振り返る。飲食スペースでは、既に酔いが回ったらしい相棒が客と下らない喧嘩を繰り広げていた。リカーの入ったハゲオヤジに絡まれて頭から酒をぶっかけられたらしく、キャンキャン吠えている。
「このいけすかねえチビが! ここで会ったが百年目、縊り殺してやろうか?」
「やれるもんならやってみろ……っておい!?」
 アンデッドはアルベルトを回収し、ずるずると外に引きずり出していった。
「悪かった! 俺の連れなんだ、一旦外で頭を冷やさせる!」
 数分後、店外。
 目抜き通りはゴムタイヤを吐瀉物の中で煮詰めたような匂いがする。アルベルトはそれに顔をしかめてしゃがみ込み、濡れた痩躯にジャケットをかけてやる。彼は声を潜めて、
「何やってるんだ! アンデッド、潜入捜査なのにそんなに目立っちゃダメだろ?」
「はっ、こういうとこじゃアホな喧嘩は日常茶飯事だ。飲んで騒いでた方が目立たねえもんなんだよ。大スターやサボリ警官ならともかく、お前みたいなケツの青い警官には分からねえだろうがな」
「でも、酷いことを言われてたじゃないか。きみはもう、悪事を止めて更生の途中にいるだろう? 俺にとってきみはそんなに悪い人には思えない、だからあんな言い方をされてるのは……」
 情に絆されやすく真っ直ぐなアルベルトにとって、その言葉はごく自然なものだった。だがなだめすかそうと伸ばされた掌を、アンデッドは払いのける。憐れみも同情も必要ないと突き放すようだった。アンデッドは苛立ちが収まらないのか、憎まれ口を続ける。
「じゃあ何だ、助けたつもりか? 罵倒されたからなんだってんだよ、結構なことじゃねえか。俺は自分の意思で悪人をやってんだ。善人は肯定されるもの、悪人は否定されるもの。おれは、今ここにいるのは、どう足掻いても悪人なんだから、否定されるのが『正しい』んだろうが」
 アンデッドの顔は切り出された彫刻のように蒼白で、感情の色が読み取れなかった。アルベルトは俯く。
 嚙み合わない。自分たちは上の意向でバディにはなったが、冬に夏を懐かしむように、悴む手が熱を求めるように、魂まで対につくられているわけではないのだ。NAPDのジャケットだけが、二人を繋ぐ鎹だった。今更なことだった。
「気分が悪ぃ。帰る」
 アンデッドはくるりと踵を返して来た道を戻っていく。彼を呼び止めようとして、しかし、アルベルトは小さな違和感に気づいた。小さな後姿は重心を荒げながらふらふらと左右に揺れて、義足も地面を滑っている。そして次の瞬間、彼は道にどさりとくずおれた。

「大丈夫か? アンデッド……アンデッド!」
 慌てて駆け寄って抱き上げれば、幼い顔立ちが苦しそうに歪んでいた。浅薄呼吸を繰り返し、体が熱くほてっている。意識が朦朧としているのか、アルベルトの手の中の体はずっしりと重い。そしてアンデッドがアルベルトの呼びかけに応えて目を覚ますことは、とうとうなかった。
 

 
「この高熱は毒や薬物によるものではありません。特に放射性物質というのは、摂取直後は自覚症状はなく、じわじわと内臓が壊れていくのです」
 急いで医務室に運び込んだところ、アンデッドの体調に最も詳しいのは自分だ、お役に立てるでしょうとサイが名乗り出た。診察の結果を聞いて、アルベルトはほっと胸を撫で下ろす。考えてみれば、ああいった場に慣れているアンデッドが好奇心を出したり言いくるめられたりして無理やり薬物を飲まされる確率は低いだろう。
「そうか、よかった……。いや良くはないんだが。アンデッドに何が起きたのか俺にも分かるように説明してくれないだろうか。今後任務中にこんな事態が起きないように」
 アルベルトは必死の形相で訴えかける。
「頼む!俺とアンデッドの役に立つと思って!」
 沈黙の後、高熱で赤くゆだった寝顔を眺めながら、サイが切り出した。
「アンデッド様は以前より、体に疾患を抱えておいでです。ホルモン分泌系、自律神経系、消化器官、心臓、肺が常人よりも弱いのです。それでいて多少の痛みや無理は我慢してしまう傾向がありますから、今回も疲れが溜まっていることを黙っていて、倒れてしまったのでしょう」
「そうだったのか」
「ええ。ですが万が一薬物を飲ませられた時に備えて、『ティアドロップ』の成分を分析して解毒剤をお作りしました。お役に立てるかと」
 サイは試験管を傾けて、中の溶液を小瓶に入れて手渡した。それを懐に入れて、アルベルトは大柄な体をしゅんと縮めた。雨に濡れた犬のようだ。
「俺は、そんなこと全然知らなかった……やっぱり信用されていないのだろうか……」
 当の病人は寝台に横になり、ぐったりとして動かない。その姿はあまりに弱々しく、風邪をひいて親の帰りを待つ子供のようだった。刺々しく憎まれ口を叩く気力はなく、いつにも増してちいさく縮こまっている。
「アンデッド様はお口は悪いですが、あれでいて素直なところもございますから。アルベルト様なら、大丈夫だと、私は思っております」
「そうなのか?」
 アルベルトはきょとんとしている。
「アンデッドは俺に対してかなりつんけんしているというか……何か言うと逃げてしまうというか……距離がなかなか掴めなくて悩んでいるんだ。でもサイが言うなら本当は素直なんだろな。そういうところをもっと見せてくれればいいのに……」
 サイは無言で顔を上げて、しばし、アルベルトをじっと見つめた。見つめられていることに気づいた彼は顔をあげて、きょとんとして見つめ返す。蛍光灯が逆光になって当たって、緑の瞳が空色に青くかがやいている。やがてサイは、
「……私達のような人間は今までアルベルト様のような方と接する機会もなかったので、どうしていいのかわからないことも多いかもしれません。どうぞ、アンデッド様のこと、よろしくお願いいたします」
 そう述べて彼女は深々と頭を下げた。門限の時間が迫っているのだろう、サイは身支度をして寮に帰る準備を始める。
「そっか……そうだったのか……俺みたいな人間とな……」
 呟きながらアルベルトの脳裏によぎったのは、あの煌めくダンスフロアだった。華やかなようでいて、弱者と馬鹿と警戒心のない人間から狩られていく裏社会。そこでアンデッドは、いくつもの修羅場をくぐり抜けて来たのだろう。純朴でお行儀のいい世界で育ってきた人間には想像もつかない過酷な危機を。
 普通の人間は、今日飯にありつけることや安全な寝床があることをいちいち感謝したりしない。子どもを伸び伸びと育てる健全な両親や、心を許せる大切な親友。どれもアルベルトが当たり前に継受しているもので、アンデッドには長らく縁がなかったであろうものだ。
 高熱に魘されたらしいアンデッドが小さく呻き声をあげるので、アルベルトはそばに座ってやった。ベッドが僅かに軋んで音を立てる。
「眠れないのか?」
 柔らかい金髪をなでつけながら、アルベルトは穏やかに囁いた。
「大丈夫。君が元気になるまで、ずっとそばにいるよ」
 答えはない。
 遠く窓の外では、人工光が夜空からビル群を切り取っていた。
 夜が、静かに更けていく。
 
 アンデッドが健康観察を受け、外出できるようになったのはそれから数日たってからだった。変わらずアンデッドは喧嘩を吹っ掛けたり飲みに興じたりを繰り返し、アルベルトはそれを見守っている。
 初日に言った通り、どうやらアンデッドは考え無しに振舞っている訳ではないらしかった。金遣いが激しく気のいい武器商人、そのプロフィールはクラブ中に広まって、潜入捜査を始めて数日でいっぱしの顔になっている。この調子ならば、売人が接触してくるのも時間の問題だろう。
 そんなことを考えながら、アルベルトはクラブの隅で銃の手入れを続ける。そしてその時、ふと携帯が鳴った。アンデッドと、他いくらかのクラブの客しか登録されていない潜入捜査用の携帯だ。彼があわてて電話に出ると、
『よお』
「アンデッド! 今どこにいるんだ?」
『今か? ついに売人が接触してきた。ナイトクラブの2階、お偉いさん向けのサロンにいる』
「成果があったんだな!」
『ブツはもう入手した。これからあの売人の懐に入って根城を探る。だが――』
 直後、彼が吐いたのは全く予想外の台詞だった。
『てめえとは組まねえ。バディは解消だ』
「……なんだって?」
 アルベルトは眉をひそめて、通話口に顔を寄せる。
「……犯罪者に戻ったのか」
『戻った? 勘違いしてるみてえだな。俺はお前と出会った最初から犯罪者だろうが。俺は自分の力で“自由”を手にする。お前みたいなボンクラには頼らねえ』
「はっ? あっ、アンデッド待て!」
 一方的に切られた。通話口からはツーツーと電子音だけが聞こえてくるだけだった。それを聞きながらアルベルトは怪訝そうに眉を詰めた。
 いつも反抗されているからこそ、直感する。何かはわからないけれど、何かがおかしい。なぜ今なんだ?バディ解消を言い渡したり脱走したりする機会はもっと前にもあった筈だ。先日の喧嘩で愛想が尽きたのか? それにしたってわざわざ電話をかけてバディ解消を宣言するなんて――。
「……はっ!」
 アルベルトは目を見開く。焦りを浮かべながら、一目散に2階へと向かった。

 サロンはホールにも増して絢爛だ。激しいダンスミュージックではなく、サティのジムノペディが穏やかに響き渡っている。
「さあ、聞かせてよ。どうして『ティアドロップ』に毒を混ぜてばらまいてるのか」
 毛足の長いフカフカのソファにちんまり座ったアンデッドは、出されたジントニックを挨拶代わりに飲み干す。天真爛漫でお行儀のいい猫かぶりだ。
「僕もドラッグを扱ってたことがあるからわかるんだ。ドラッグってのは、客が死なないギリギリで長く売るものでしょ? こんなふうに顧客を毒殺するなんて不思議なんだよね。君たち、ほんとクレイジーで興味深い」
「ありがとよ。確かに俺たちは意図的に毒を混入してる」
 案の定、売人はニタニタと不気味な笑みで応えた。作成者も売人もグレアム・ヤング気取りか――アンデッドは内心で毒づいた。
「俺たちブラザーはずっとシノギに困っていた。けれど去年、変な外国人の女から、『ティアドロップ』のレシピとポロニウム同位体を貰ったんだ。これをアメリカNAの若者にばらまいて殺せ、という条件付きでな」
「変な女?」
「ああ。なんとかツィンク……だったか?  NAの過激思想団体やホームレス、チンピラなんかに武器やヤクを供給して、裏社会で通用する兵士に育て上げる変な団体らしい……まあ、奴さんの目的はどうでもいい。資金繰りに奔走していた俺たちにとって、『ティアドロップ』はまさに神からの授かりものだった」
 売人が言葉を切ったその時。カーテンがひらめいて、後ろから何人もの屈強な男が現れて小さなアンデッドの体を押さえつけた。
「――そういうわけだから、俺たちのシノギを嗅ぎ回ってる奴をほっとくわけにはいかねえんだ」
 売人はほくそ笑む。いつもならやすやすと抜け出せるアンデッドだったが、ドリンクの混ぜ物のせいかどうにも体の自由が利かない。ショートパンツから伸びる足の付け根を押さえつけられ、小さな身体がもがいた。
「は、なせ……クソッタレ! こんな……ことして、どうなるか分かってんのか!」
「ああ分からないね。ぜひ教えていただきたいものだ」
 朦朧とする意識の中でアンデッドは、シャンデリアの明かりがあちこちに反射して溶け合っていくさまだけを眺めていた。そして彼の胸には、ある思いが去来していた。
 ――アルベルトを連れてこなくて、正解だった。
 決して口にはしたくないけれど、凄惨な裏社会で生きてきた自分にとって、彼の肯定は心地よい。
 生温い救いの手なんかいらなかったし、出会うやつらは利用して踏み台にしてやろうと思っていた。自由のためならすべてを投げ捨てるという覚悟でNAPDに来た。なのにアルベルトは、投げ捨てたすべてを簡単に受け止めて、抱きしめてみせたのだ。太陽を受けて薄く張り詰めた氷が溶けていくような、かみさまに赦されたような、そんな気分に似ている。自分なんかでも生きていていいような気になる。
 でもそれは正しくないんだ。
 だってアルベルトが手を取るべきは俺じゃない。俺みたいな、誰も愛さない、救わない、根からの悪人じゃなく、あいつが心から共に生きたいと願うような、優しい人間たちの手を取って欲しい。俺は一人でも歩いてきたし、これからも一人で歩いていける。けれどあいつは、のどかな陽だまりの中で誰かを愛し愛されながら、平和に幸せに生きていくのがお似合いだ。
 ――でも、もしも。もしも奇跡が起きるなら。
 ちいさな掌で裾を握り締める。まさに、その時だった。

「やめるんだ!」
 重い頭をもたげてみれば、アルベルトが売人たちに向かって銃を構えていた。威嚇射撃を行うと、突然の事態に対応できなかった男たちは蜘蛛の子を散らすように両手をあげて後ずさる。
 アルベルトは警戒を解くことなくアンデッドを抱き寄せて、その唇に小瓶の中身を流し込んだ。
「バカ……馬鹿野郎が……バディは解消だ、来るなって言っただろうが……」
「ああ、そうだな。でも電話を受けた時思った――『君らしくない』って。君は俺にいつも反抗的で、寄るな触るなって噛みつかれてたけど、俺と話をすることはやめなかったじゃないか」
 意地悪で皮肉屋で反抗的だけど、変なところで誠実だったから。
「疑わ……なかったのかよ……裏切るって……」
「犯罪組織と組んで脱走したところで、仮釈放というチャンスをみすみす逃し、NAPDには指名手配され、再逮捕されれば恐らく死刑になる。きみは、そんなリスクを冒す様な人間には思えない。何よりも」
 アルベルトがちいさな体を抱き起こした。シャンデリアの光が入り込み、緑の瞳がきらきらと輝く。
「俺は警察官なんだから、誰のことも危険な目に合わせたくはないんだ。……さあ、立てるか」
 ――ああ、最初からこうだ。救ってくださいなんて頼んじゃいないのに、お節介にやってくる。だからこいつのことが大好きで、大嫌いなんだ。
 アンデッドは、自分よりいくらか大きい掌を取ってよろよろと立ち上がった。
 だがそこで、二人はどこからか地鳴りのような音が響いているのを聞いた。
「な、何だこの音は……!?」
「バカヤロー、跳弾だ!!さっきお前発砲しただろアレだアレ!!」
 意識を回復させたアンデッドはびっと天井を指さした。アルベルトが部屋に入った際、威嚇で放った銃弾が部屋を跳ね、天井裏まで貫通し、梁に激突したらしい。
「逃げろ! 天井が落ちてくるぞ!」
「ギャーーーーッ!! ギャーー!!」
 部屋が悲鳴に包まれる。アルベルトはバディをひょいと小脇に抱えた。
「抱くなっつったろうがバカ!!」
「今は非常事態、脱出最優先だ!それにきみ、まだ体調が回復しきってないだろ!」
「はっ、見くびられたもんだな。走るくらいできる」
「いいから行くぞ!ぼやぼやしてると倒壊する!」
「倒壊させようとしてるのはお前だろ!降ろせえええええ!!」
 ドカーン! 
 二人が窓から大脱出を遂げた背後で、クラブ上階が派手な音を立てて倒壊した。
「アンデッド! 無事か?」
「なんとかな……」
 瓦礫を押しのけてアンデッドがボヤく。騒ぎを聞きつけてやってきた最寄りの分署の警察官はしかし――アルベルトを指さして叫んだ。
「通報通りの人間がいました!身長は180センチほどでしゃれたスーツの男性、恐らくこのクラブに出入りしている売人です!VIPサロンに連れ込んだらしき子供も確認しました」
「は?」
 アルベルトは呆然と口を開けた。
「違法薬物売買と児童誘拐と搾取の現行犯できさまを逮捕する」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は本部所属の警官で、今は潜入捜査中なんだ。そっちはアンデッド、子供に見えるけど三十七歳の大人で俺のバディ。そうだろう、アンデッド?」
 懸命な弁解も虚しく、アルベルトは既に警官たちに囲まれて、両腕をホールドされて手錠をかけられる。
 話を振られたアンデッドは、すかさず子猫のような表情を作った。
「ひぐっ、そうなんです! 僕、このおじさんに誘拐されて! え~ん!」
「アンデッド!? どうして今ふざけるんだ!?」
「ほら子供もこう言っているだろう。さあ、大人しくお縄につけ!」
「痛っ! 違う! 誤解だ、俺は警察官なんだあああ!!」
 絶叫しながらパトカーに詰め込まれる後ろ姿を、アンデッドは大爆笑しながらながめていた。
 

 
「それでお前は留置所に入れられてたのか……」
 瓦礫の中から売人が発見され、身柄の確保から一夜が明けて。リトートの執務室には、アルベルトとニヤつくアンデッドの姿があった。
「誤解が解けて良かったな。ともあれ、君たちが瓦礫の下敷きにした売人こそ『ティアドロップ』製造の元締めだったらしい。薬のレシピとポロニウム同位体もこちらで回収したし、もう死神くじが市場に出回ることもないだろう」
「はぁ、まったくはらはらさせないでよね。消防法違反の物件だったから賠償はしなくていいとはいえ、ナイトクラブ一軒をまるまる破壊するなんて……。死人が出たらどうするの。毎回ピンチに陥るとか、君たち真面目にやる気あるの? 遊びじゃないんだから。ほんっと嫌になるよ」
「ふは、じゃあ次からお前が前線に出るか?」
 アンデッドは腕組みしながら軽口を叩く。シュヒは怒りからかひきつった顔で、
「……上司に向かっていい心がけだね。反抗的な態度ばかりしてるんなら僕にも考えが、」
「それにしてもさすが俺! 名采配、有能司令だな! 俺が有能すぎてニューアトランティスが超平和になる日も近い! さあシュヒ、お前も俺を褒め称えろ!」
「うるさっ! アンタ今回何もしてないでしょうが!」
 バカでかい声量で台詞を遮られ、シュヒが愕然とした顔で応えた。リトートは突っ込みを気にもとめず時計を眺め、
「定刻には少し早いが、報告も貰ったし今日はもう帰っていいぞ。ゆっくりしてくれ」
「わかった! 今日はお祝いのドーナツだな!」
「お前毎日ドーナツばっかでよく飽きねぇな」
 ぼやきながら部屋を出た二人は、入れ替わりに執務室へ向かう姿を見つけた。ひとりは長い銀髪、もう一人はサングラスをかけた男――クリスとレナードだ。二人を見とどめたアルベルトはぱっと顔を輝かせ、
「レナード、クリス! これから用事か?」
「ああ、任務だ。あんたは?」
「ここ数日取り組んでた任務が終わって早上がりするところなんだ! 二人も頑張ってくれー!」
 ぶんぶんと手を振るアルベルト。アンデッドは一抹の寂しさを覚えながら、ポケットに手を突っ込んですれ違うクリスたちを肩越しに眺めていた。
「サボり警官にちょっと有名なだけのカスか。アイツら、最近は内勤だったけど何の仕事渡されるんだ?」
「コラ、なんてこと言うんだアンデッド! 『めっ』だぞ! クリスは俺の親友だし、レナードに至ってはカスなんて言い方やめてくれよ!取り消して!」
「取り消さねえ。事実だろうが」
 ぷうっとむくれるアルベルト。アンデッドはそれをけらけらと笑い飛ばしてから、軽く顎をしゃくって外を指した。
「この後ヒマだろ。せっかくだからちょっと外に付き合え」
 
 アンデッドが望んだ先は、裏路地や盛り場などではなかった。
 xx墓地――入り口の門に刻まれた標識を眺めて、アルベルトが目をぱちくりさせる。アンデッドはその精悍な横顔を、無言で見上げていた。
「ついてこい」
 茶色くなった芝生の上に無数の墓石が立ち並ぶ。その一つの前で、アンデッドはふいに足を止めた。それなりに古い墓のようで、刻まれた文字は風雨に晒され摩耗しかかっている。かろうじて読み取れる名前は、『Liam・De la Cour』――リアム・デラクール。愛すべき思い出とともに眠れ。
「これは俺の墓だ」
 ――告げた声は、震えていただろうか。
 
 もう何十年も前の話だ。ニューアトランティスに不幸で健気な女がいた。女は両親からも夫からも見放され、それでもたった一人の息子を一人で育てあげようと決めた。だが息子のリアムは、母の思うような子供には育たなかった。彼は同世代の子どもより明らかに発育が遅れていて、奔放で、母親にさえ反抗的。『この子はちゃんと生きていけるのかしら』と不安にさいなまれる孤独な母に、怪しい薬屋が声を掛けた。もう大丈夫、心配いらない、私の薬を飲めば息子さんはおとなしくなりますよ。彼女はそれに従い、様々な怪しい薬を買い込んでは朝昼晩と息子に飲ませた。するとどうだろう、彼はすっかり大人しいいい子になった! 彼女は感涙に咽びながら息子の体を抱きしめる。息子が幻覚や幻聴に苛まれているだとか、体の成長が止まったとか、介護がないとまともに生活もできなくなったとか……母親にとってそんなことはどうでもよかった。
「そんな母親だった」
 アンデッドは吐き捨てる。
 ――薬漬けの日々が続いて子どもは十歳になった。その子どもは近所の男の手を借りて母親の元から逃げ出した。男は親にも会社にも友人にも恵まれず、暗澹とした人生を近所の子どもの笑い声だけで繋ぎ止めているような人間だった。家を抜け出して彼の家に着いたはいいが、数時間後、薬物の禁断症状で暴れ出した。男はなんなく少年を拘束し、そしてそのまま――監禁した。
 男と子どもとの監禁生活は、二年に渡った。
 それはあるよく晴れた日のことだった。子どもは窓から僅かに覗く青空を見つめて、それから呟いた。拘束を解いてほしい。男は懇願を無視した。それで子どもは覚悟を決めた。男が寝入ってから、近くにあったナイフで拘束をつけられた自分の足を切って、そのまま家に放火した。
 寄る辺のない子どもはNAの裏社会に紛れて、罪を重ねて、非合法行為で金を稼ぐ。でも、自分の意思で営む生活はそう悪くなかった。親とあの男がくれた愛情も救済も運命も、リアムにとっては空き缶より役に立たなかったんだから。
「……ちょうどそのころ、俺は偶然、自分の葬式があげられているのを見た。男の家の燃えカスから『リアムの遺灰が見つかった』と連絡を受けた母親が、葬式をあげたらしい。それで俺は思った。死ぬことでやっと、自由になることを赦されたんだと」
 リアムは――アンデッドは、そうつぶやいた。
「リアムは死んで、アンデッドが生まれた。男を殺して母親を傷つけてやっと自由になれた。それなら俺は、どんな汚い行為に手を染めてでも幸せにありついてやると決めたんだ」
 晴れた日に、不意に眩しい青空を目にすると、美しいと思うと同時に屈辱的な日々を思い出し、母やあの男に責められているような気になる。お前は表社会からは抹殺された、ただの亡霊なのだと。健全な社会にお前の居場所はないのだと。
 普段いつもやかましいアルベルトは黙ったままでいる。こいつに、俺のすべてを受け入れてほしいのだろうか? 自分の脳に問う。
 お前の笑顔に照らされて、自分の中のまだ濁っていない部分だけを見つめるたびに――人間不信、俺は既に死人として扱われているという絶望、『自由』にならなくちゃいけないという焦りにも似た呪い――そういうものから、一瞬だけ解放される。それと同時に、今までの俺の人生には価値がないと言われているみたいだった。俺の醜さは、苦しさは、歩んできた過去は……まっすぐで天真爛漫で健全なお前にとっては『異物』にすぎなくて、到底受け入れてもらえないものなんだろうと思った。
「今日、ここに連れてきたのは……俺のすべてを聞いてほしかったからだ。お前にとっては別世界かもしれない、無視されて当然かもしれない薄汚い半生でも、知ってほしかった」
 今ここに至るまでの道のりを思い起こすたびに、古傷を抉って鮮血が滴り落ちるような、痛みと後悔はあるけれど。アルベルトと話をして自分の本心をさらけ出すことで、もう二度とあの温かみを向けてもらえなくなるんじゃないかという恐怖はあるけれど。それでもあえて、未来のために、話したいと思ったのだ。

 立ち上がって振り向く。肩ごしのアルベルトは、変わらぬ緑の瞳でアンデッドのことを見つめていた。それに胸がきゅうと締め付けられる。眩しい。
「俺はずっときみに信頼されていないと思っていて……どうしていいのか分からなかった。今、こうして教えてもらえたってことは……俺は、バディとして信頼してもらえたってことでいいんだろうか」
「……誰もそんなこと言ってねえだろ。好きにしろお花畑」
「そうか。じゃあ、バディ再結成だ。これからもよろしくな」
 アルベルトが差し出した掌を、アンデッドは無言で手に取った。あたたかい掌だった。
「……腹空いた。ダイナー寄って帰るぞ、奢れ」
「ええーっ? そうやって間食するからきみ、寮の夕食を残すんだろ。聞いたよ」
「あ? 誰だそんな下らない告げ口した奴は。教えろ、後できっちり締めてやる」
 横でアルベルトが、ええと困ったような声をあげるのを笑って聞いていた。
 こうしてきっといつまでも、こいつに舌を出して、中指立てて、背を向けて生きていくのだろう。くだらない言葉を交わしながら。
 ――でも、もしも。もしも奇跡が起きるなら。アルベルトに、自分の過去を理解してもらった上で、バディとして関わっていきたい。
 そんな思いを悟られぬように蓋をして、アンデッドはふっと変わらぬ微笑みを浮かべるのだった。

 今日も生きていく。

 

 

→8話

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