&party

周波数を合わせて

Take it easy.

 Take it easy.

 使い古して表紙がボロボロになった単語帳の中身が、俺の脳にちゃんと移植しきれているかどうかは、今でもちょっと疑わしい。Subordinateもfeasibleもmediocreも、単語テストさえ終われば綺麗さっぱり忘れてしまう。試験さえ終われば忘れ去られる英単語みたいなものに意味があるなんて到底思えなかった。
 でもあいつは、それをくだらないと一蹴した。蹴るだけじゃない、全身を強く打って、頬を張り倒して胸倉をつかんでゆすって、俺に消えない痕を残し、視界から去っていった。もちろん、不真面目な高校生の怠惰な生活に対してではない。Subordinate、二次的、実行可能、平凡、そんなのどうでもいいじゃん。命を懸けて向き合い楽しみつくしたものだけに価値があって、そうでないものは見向きする必要もないのに。だから遊ぼうよ、椎名。自分の主張を延々とまくしたてることが暴力なら、あいつはとっくに傷害罪でしょっぴかれている。
 物覚えに関してはまったく不得手な俺でも、目を閉じればいつでもあいつを思い出す。教室の机に突っ伏す眠り姫をたたき起こし、出来合いの焼きそばパンを買って、屋上へ続く人気のない蒸した階段で食べるんだ。話題は今日の小テスト、ニュースに出てたイケメンタレントのこと、パンのしけぐあい、最近の事件への憶測、なんだっていい。どんな話の種だって満開のブーケに化ける。それが俺たちの青春だった。
 ドアから漏れる光のきらめきをすくって、あいつは穏やかに目を細めてわらう。汗で張り付いた黒髪。ほこりをかぶった予備机。今でも疼く、消えない傷痕。

 

2019.0624→改稿2020.0414

800字程度